不登校は当人も家族も辛い

うあちの子たちは次女は筋金入り、長女は変則的な不登校。

発達障害であることを受け入れるのって、私はかなり早かったんだけど、この不登校にはいまだに四苦八苦してます。

通うエネルギーがないのは分かってるんだけど、回復度が見えてこない。

自分で悩みすぎて自己肯定感を落として自傷してしまったり、人にどう思われるのか気にしすぎて外に出られなくなったり。それなのに誰かと一緒に遊びたくて、寂しくて仕方がなかったり。

相反する感情や状況を自ら生み出して、そこでのたうち回っている。励ましは逆効果なことも多いし、気持ちが分かるよなんてことも言えない。(だって分からないから)

結局できることって「そうなんだね、辛いね。」って見守り続けるしかない。いつかエネルギーが回復して、いるか昔みたいに明るく活発な子に戻って、いつか自分の殻から抜け出していく。そう信じて待つしかない。

発達障害の特性に付き合うのも、最初はとにかく忍耐を要した。わざとやってるわけじゃない、そうなってしまうんだってことを理解しても、突っ込みどころ満載な我が子の有りように、ため息ばかり漏れる日々もあったし、今だってまるっきりないとは言えない(笑)

でも、私にとっては不登校の方が見ていてつらい。社会と交わりたいのに交われない、どうにかしたいのにできない、生きている価値って何だろう等々…。当事者の苦しみが目の前で繰り広げられるのを、「ここは安全な場所だから、悩んだり休んだり、気のすむまでしていいよ。」と、どかっと腰を据えて見守り続ける。かける言葉を選ぶのもなかなか持って一苦労だったりする。

でもね、愛してるんだよ。苦しんでる姿を見ているのは辛いけど、回復するのを見守りながら待ってるから。ママが苦しんでる姿は見せないよ。きっと気にしちゃうもんね。

分かってる。分かってるんだけど…しんどいねんなぁ(笑)

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